カズのレコード雑記

20080814060618
毎日暑いです。
でもここ数日は前のような暑さとは違って、どこか弱くてはかないもののように感じます。

こないだ、二丁目のレインボー祭り行ってきました。最近知り合った友達と。

去年までノンケのクラブでDJをしていて、その繋がりとの付き合いや合流に忙しくて、こっちの友達はすごく少なかった。当日はそれで構わなかったし平気だったけれど、その繋がりの友達にはカミングアウトもしたけれど、それでももっと伸び伸びとした付き合いが欲しいと思った。

それで前はたまにしか行かなかった飲み屋さんにも足繁く通い、知り合いや友達をつくった。その中にはちょっとした片思いもあった。
もともと友達は多いほうではないけれど、あの日、新宿の空に放たれた色とりどりの風船のように、ボク自身も自由に飛んでいきたいと思った。
そして、新たな仲間を大切にしたいと思った。
久しぶりの更新です。
引っ越しなどでバタバタしていた間にすっかり時間が流れて、住む家とともにボクの心境もすっかり変わりました。


また、ダメな恋愛のサークルに飲み込まれてしまった。恋をするといいヤツになれる。でも同時に、最高にイヤなヤツにもなってしまう。

振り向いてくれない相手に必死でアプローチをして断られ、そして凹む。その凹んだのは遊んでくれない相手のせいにして、一人で頭にきたり。
もうこういうのは懲り懲りなはずなに、いつも叶わない恋ばかりしてしまう。
これってもうクセみたいなもんなんだろうね。


これを見ると、いつも泣きそうになってしまう。。。


ボノボって好きだけど、新譜を追うほどではなかったけれど、こんなにいい歌があったなんて。
ボノボっぽくはないかもしれないけれど、でも切ないけれどキュートなメロディとかは相変わらずだな、と。
彼らの曲の中でもかなり上位に好きな曲になりました。
キッチンにはハイライトとウィスキーグラス
どこにでもあるような家族の風景

7時には帰っておきでと フライパンマザー
どこにでもあるような家族の風景

友達のようでいて 他人のように遠い
愛しい距離が ここにはあるよ

何をみつめてきて 何と別れたんだろう
語ることもなく そっと笑うんだよ

キッチンにはハイライトとウィスキーグラス
どこにでもあるような家族の風景

7時には帰っておきでと フライパンマザー
どこにでもあるような家族の風景




小さくて、ささやかな楽しみやちょっとした幸福感みたいなもの。
そういうものの積み重ねで、日常は出来ている。
そしてそこに悲しみやら事件やらがあって、ボクらの感情の起伏はあったりする。
それこそが日常で、それこそが生きている証拠なのかもしれないね。

なんか今日はね、家族の大切さや、自分の周りにいる素晴らしい人たちにすごい感謝を感じたのです。
出会えた人たち、言葉をありがとう。
そしてそこにいてくれてありがとう。

groobluegrooblue
(2001/12/06)
SUPER BUTTER DOG

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ハナレグミが大好きだって、なんどもここに書いている。何度も助けられて、元気をもらって、なんども踏ん張ってきたそのそばには、ハナレグミがいた。
さり気ない言葉の数々に、もうヤラれちゃったんだ。

そして、スーパー・バター・ドッグが解散だって。
バンド自体には、特別な思いいれはないけれど、サヨナラcolorは特別だ。
たぶん今のファンのほとんどはそうかもしれないけれど、あの曲だけは、別格なのだ。
いつ聴いてもいろんな思いがぶり返してきて、泣きそうになる。
あの曲が入ったアルバムのジャケットのように、一滴の涙がポロリと零れ落ちてしまいそうな。
解散かあ・・・。
最後のライブ、行けたらいいな。
絶対にこの曲はやるだろうな。やらないと、きっとみんな怒るんだろうな。
でも本当に流れたら、ボク、泣いちゃうかも・・・。
サヨナラCOLORサヨナラCOLOR
(2001/10/06)
SUPER BUTTER DOG

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そのから旅立つことは、とても力がいるよ
波風立てられること 嫌う人ばかりで

でも 君はそれでいいの?
楽がしたかっただけなの?
僕をだましてもいいけど
自分はもう だまさないで

サヨナラからはじまることが
たくさんあるんだよ
本当のことが 見えてるなら 
その思いを 僕に見せて

自分をつらぬくことは
とても勇気がいるよ
だれも一人ぼっちには
なりたくないから

でも 君はそれでいいの?
夢の続きはどうしたの?
僕を忘れてもいいけど
自分はもう はなさないで

サヨナラから はじまることが
たくさん あるんだよ
本当のことが 見えてるなら
その思いを 捨てないで

サヨナラから はじまることが
たくさん あるんだよ
本当のことは 見えてるんだろ
その思いよ 消えないで
その思いを 僕に見せて



一年前に、努力が報われるとは限らないって事を学んだはずなのに、また同じようなことで凹んじゃっている。学習能力ゼロ。よく考えろ、オレ。

凹んだりした時、ボクは激しい音楽が聴きたくなる。
昔よく聞いたパンクのレコードや、ハードコアみたいな音楽を聴きながら、体をゆすっていると、知らぬ間に気分が晴れていたりする。
それと同時に、切ない歌を聞くと、気がついたらどうでもよくなっていたりする。
心に響く歌っていうのは必ずあるもの。それは、聴くと必ず涙をするというだけではなくて、聴くと、どこか安全な場所に運んでくれるような感覚だったり、耳にすると思い出す人がいて、その人との記憶を辿って懐かしんだり切なくなってしまったり。ボクにとってそれは、よく言っている「優しい音楽」というわけで。そしてそういう優しい音楽を求めていつもボクは彷徨っているような気がする。

初めて、歌に歌詞というものがあって、それにはすごい意味があるのだと知ったのは、川村かおりの「金色のライオン」だった。かつて新宿という町でギターを持ってヒッピーまがいな生活をしていた若者たちの歌。今聞くと、当時感じた熱い気持ちのカケラも味わうことは出来ないけれど、でも、あのときの高揚感と困惑した思いを思い出すことができる。

初めて涙を流してしまった歌は、加藤いずみの「さよならまでの短い旅」だった。
アルバムに収められた1曲で、あまり知られていないかもしれないけれど、なんとも切ないラブソングなのです。
「もう、おしまいだね、って彼が言う。ビルディングの森 すり抜けていく高速道路」
中学生当時、好きだった部活の先生と、大会の後、大井埠頭から横浜まで送ってもらった。その後、ウォークマンから流れたときに、勝手に想像をして泣いた。
大好きな先生に、もしもそんなことを言われたら・・・と思って。ウブだったの、ボク。
その先生は事故で死んでしまったけれど、今も夢で会いにきてくれる。
あの人はノンケで、死ぬまでボクがゲイだって事を知らないままでいたけれど、たぶん判っていたんだろうな、と思う。そして昔も今も、ボクのことを一番理解して、一番判っていたのも、あの先生だったと思う。いつも危機一髪の時に、スーパーマンのように現れて助けてくれた。家に帰ってくることのない父親不在のボクに、父親のような存在でいてくれ、そして生まれて初めてきちんと接した大人の男だった。ついていけない勉強の事や、クラスメイトとのギャップが原因で、荒れてどんどん道を外れていくボクに、最後まできちんと向き合ってくれたのもあの先生だったし。家出をして海の町まで無銭で旅に出た時も、迎えに来てくれた。
あの先生がいなかったら、たぶん今のボクはここにいなかった。いろんなことをしてくれて助けてもらったのに、ボクはあの先生に何かひとつでも恩返しをしただろうか。卒業した後も、わがままと迷惑ばかりをかけ続けたボクは、あの先生に感謝の言葉を述べただろうか。
話したいことや聴きたいことは、今も毎日どんどん増えていくばかり。

ねえねえ先生、どうしてこれはこうなるの?
ねえねえ先生、人を好きになるってさぁ・・・
ねえねえ先生、今こういう仕事をやっていてね・・・

いつまでもそんな日々が続いていくと思っていた。
一年に一度、二年に一度、会う時間はどんどん減って行ったけれど、いつでもあえると思っていた。
感謝してもしきれないくらいの感謝の気持ちが、死んだ先生に届いていますように・・・。

そういえば、体を壊していた時、御茶ノ水にあるサッカーミュージアムでの仕事の終わり際に、急に体調が悪くなり、ゆっくり座って帰るために、直通電車で帰るために水道橋まで歩いていった。気が遠くなるんじゃないかという意識が朦朧とした状態で歩いていたら、突然、葬儀屋の前に出た。その葬儀屋の入り口には、その人葬儀が行われている死者の名前が出ていた。その名前が、死んで一年経った先生と同じものだった。苗字も名前も。あの時、なぜか妙に安心した。倒れそうな状態の中で、先生が向かえにきてくれたんじゃないかって思った。そうしたら、すごく体がラクになった気がした。あれはなんだったんだろう。。

なんか、酔っ払ったか。
こんなことを書くつもりじゃなかったのに、書いているうちに変な方向にいっちゃった。
流してください。
昼間あけたJINROが、もうすぐなくなっちゃう。
なんかね、日増しにだんだんムカついてくるわけですよ。
SNSの日記をアップする時間はあって、きっとコメントとかもチェックしたりしているんだろうけど、ボクが送った携帯メールに返信する時間はないみたいで。
好きになってどうにかなろうなんて、そんな事を思ってはいけないような相手だったみたい。
こっちの世界ではそこそこ有名な人だったみたいで。
とてもじゃないけれど、ボクが立ち入る隙間もないような人で、きっとボクみたいに好きだった人はいっぱいいたんだろうな、と。
でもやっぱ、それはそれはステキな人だったんですよ。
たった一杯のレモンサワーが全ての始まりだったんだけど、DJ辞めたり旅に出ちゃったりするくらいに好きだったからさ、もう気持ちは外を向き初めているけれど、全てを思い出として片付けるのは難しいってもんです。

前の恋のそばにはハナレグミがいた。
今の恋のそばにはマッキーがいる。
そしてケツメイシの音楽もある。
抑えていた感情をガマンするのではなく、たまには吐き出してしまっても構わないよね。
溢れる涙を流したままでいても構わないよね。
なんか今は、そう素直に思えるのです。
毎日お酒ばかり飲んでいるけれど、信じられないくらいに楽しいし、仕事もたぶん順調だし、家族とも生まれて初めてなくらいに上手くいってるし、プライベートも充実している。
こんな日記を書いていても、決して凹んでいるわけでもなく、後ろ向きでもないし、目が覚めた瞬間からその日一日が楽しみで仕方がないし、やりたい事も会いたい人もたくさんいるし、聞きたい音楽もたくさんある。きっと充実した毎日ってこういうことなんだろうな、と。気持ちに余裕が出来るという事は、いろんな事がOKになっていくことなんだろうな。
だから、こんな毎日ミクシィの日記書いちゃっているのかもしれない。
マイミクさん、飽きもせずに読んでくれてありがとう。
会ったことのない人には会いたいし、いつも会っている人にも会いたいし、なんかね、気分は上々ですよ、今のボク。


こないだここに書いた、アニー・レノックスのCDの中で一番好きな、ボブ・マーリーのカバー。
素晴らしいです。
オリジナルより好きです。
本当はヴィデオクリップを載せようとしましたが、曲の素晴らしさを台無しにするようなモノだったので、こちらを。
歌詞つきです。